最新のアクティビティ

八重瀬町の豊かな自然を体感しながら、景色を楽しんだり、ちょっとスリルを感じたり、歴史文化を学んだりできます!

八重瀬町ガイドとホロホローの森
遊歩道をトレッキング!

わずか600mの遊歩道には100種類以上の植物が自生し、多くの生き物に出会うことができる貴重な命の森です。
草木が揺れる心地よい音と風の中で散策していると近づいてくる波の音…
実は森から海へ抜けることができます。

ハンターバンの森 トレッキングツアー

ハンターは「危険」、バンは「崖」を意味し、天空の絶景と地底の迷宮を歩くトレッキングツアーです。舞台である「具志頭・多々名地溝帯」は、深さ 12m の岩の割れ目が迷宮の様に広がる日本随一のカルスト地形で、八重瀬町が、日本にそして世界に誇れる有力な観光資源です。

熱帯カルスト

八重瀬の歴史を巡るツアー

中世城(ぐすく)跡と旧石器時代港川フィッシャー遺跡を巡るツアーです。
八重瀬町の史跡や絶景を巡ります。

フリーで巡るシーサーコース

町の中にある石堀獅子を巡るコースマップです。
県内で最大最古の石堀大獅子をぜひご覧ください

八重瀬町戦争遺跡公園 ガマ見学

沖縄では洞窟(鍾乳洞)のことをガマと言います。沖縄の自然が生み出したこのガマですが、太平洋戦争の末期には戦争で負傷した兵士たちを治療する病院施設
として使われていた歴史があります。東西に伸びる全長約500mもある大きなガマで、西側の入口をヌヌマチガマ、東側をガラビガマといいます。
※ガマの見学は、ガイド付きとなり事前予約が必要となります。

■ヌヌマチガマ・ガラビガマ解説
この「ヌヌマチガマ」には、軍医・看護婦・衛生兵と、補助看護婦として第1野戦病院に配属されていた沖縄県立第二高等女学校の学徒隊(戦後の呼称「白梅学徒
隊」)から5人が派遣され、炊き出し・包帯の洗浄などで地元の住民や女子青年も動員されました。
「ヌヌマチガマ」には、手術台・病室・2段ベット等が設置されていましたが、負傷兵が増加するに伴い、藁(わら)を敷いた地面にも寝かせられるようになり、多い時
には1,000人を超えたと言われています。戦況の悪化により食事の“おにぎり”も1日2回から1回になり、薬品も包帯材料も不足して十分な治療を行うことができなくなり
ました。
6月3日、「東風平分院」とこの「ヌヌマチガマ(新城分院)」は閉鎖され、翌4日には、第24師団第1野戦病院も閉鎖さました。病院の閉鎖に伴い身動きのできない重
症兵は、衛生兵によって毒薬の青酸カリを投与されたり、銃剣などで「処置(殺害)」されました。その数は約500人ともいわれています。
「ヌヌマチガマ」「ガラビガマ」は病院壕としてだけではなく、住民たちの避難壕としても利用されたのかは不明ですが、沖縄戦では多くの住民たちの命を守ったの
は、このような「ガマ」でした。
白梅学徒隊は6月4日に病院長の解散命令を受け、鉄の爆風と形容されている地上戦を彷徨し、56人中22人が戦没しています。

予約連絡先

八重瀬町ガイドの会090-8351-8870
沖縄県ボランティアガイド 友の会098-856-6441
NPO法人 沖縄県鍾乳洞協会098-998-8983
合同会社 ぐらんま090-1365-9362